はじめに、弊社バニッシュ・スタンダードの田中より、コロナ禍におけるアパレル業界の変化や現状について共有しました。
田中:3年目を迎えたコロナ禍ですが、この間、外出制限や時短要請の影響から経営の悪化や店舗縮小に伴う人員削減など、アパレル業界に深刻なダメージをもたらし、ライフスタイルや企業活動についても、従前とは大幅な変化が起きたのはご存じの通りです。
例えば、ライフスタイルの変化では、消費活動のEC化が急激に進みました。実際にネットショッピングの利用世帯の割合をデータでみると、2020年3月に発令された1回目の緊急事態宣言以降、利用率が急増しているのがわかります。
企業活動の面では、業界再編や淘汰が加速度的に進み、業界問わずDXに対する投資や 推進の強化を図る企業が急増しました。雇用面では人員整理や配置転換、生産体制ではサプライチェーンの見直し、社会動向ではグローバリゼーションの後退や規制強化等、コロナ禍をきっかけに構造転換が起きています。
出典:https://www.smbc.co.jp/hojin/report/investigationlecture/resources/pdf/3_00_CRSDReport118.pdf
本日は、こうした「消費のEC化」と「企業(生産・販売)のDX」が両軸で加速している点に着目しながら、パルさんとディスカッションできればと思います。
田中:ここからは、株式会社パルでCXディレクターを務める名嶋さんから、ECサイト運営の戦略についてお聞きしていきたいと思います。パルはコロナ禍でも自社ECサイト「PAL CLOSET」を軸に急成長を続けている企業です。
名嶋氏:ありがとうございます。株式会社パルは、現在50以上のアパレルや雑貨のブランドを取り扱っている小売企業です。なかでも全国に200店以上展開する「3COINS」は、ご存じの方も多いと思います。
グループの業績はコロナ禍のダメージを受けたものの、2022年2月期の売上高は、前期比23.7%増の1342億円と過去最高を更新し回復基調にあります。また、EC部門に注目すると、2017年度に売上高100億円を突破し、今日に至るまで右肩上がりで伸長しています。
また、私が運営に関わる自社ECサイトの「PAL CLOSET」をみると、2016年から4年間で約7倍に成長しています。また、雑貨の「3COINS」が2020年まで加わり新規のお客様が拡大。2021年度には売上高100億円を超えました。2023年度には「PAL CLOSET」で250億、EC部門全体では500億の目標を掲げています。
また、当社はアプリ運営も手掛けており、実店舗のお客様のアプリ会員化を2018年から始めました。その後、2021年度にアプリダウンロード数500万人を突破。2023年には会員数1000万人を目標としています。
田中:ここ3〜4年で大幅に会員数が増えていますが、これに寄与した施策は何でしたか。
名嶋氏:店頭でのご案内です。アプリをリリースした当初は、ウェブでも訴求したのですが、現在ではほとんど店舗スタッフの接客に頼っています。ウェブ施策からの流入と差し引きすると、おおよそ9割は店頭からの流入です。そして実は、このスタッフの存在こそOMO戦略のコアになっています。
名嶋氏:当社のOMO戦略は、お客様と店舗スタッフとの距離が近いのが特徴です。スタッフは実店舗での接客はもちろんですが、お客様がSNSやECサイトを見たときにもその存在がコンテンツを通して伝わる仕組みになっています。
お客様と距離の近いスタッフの存在は、新規のお客様の獲得はもちろん、エンゲージメント向上においても貢献しています。そこから実店舗であればアプリ上に蓄積される購入データ、あるいはECサイトであれば、会員データや購入データ、さらにはサイト内の行動データに基づいて一連の打ち手を展開しています。ただ、アプリでプッシュ通知するのではなく、一連の接点でスタッフを全面にコミュニケーションを展開しています。
田中:購入後、顧客に対してどういったフォローをされているのでしょうか。
名嶋氏:購入データをもとに、数日以内にメール、アプリ、LINEなどに購入いただいた商品を使ったコーディネートの提案を送っています。行動データでは「お気に入り登録」を使っていて、お気に入りの商品の価格が下がったときや在庫が少なくなったとき、あるいは再入荷したときなどにも通知しています。特に在庫情報による購入後押しの効果は大きく、コンバージョン率も高いです。
田中:店舗スタッフを起点としたOMO戦略を展開しているパルさんですが、コロナ禍当初は、どういった状況だったのでしょうか。
名嶋氏:店舗スタッフ数が多い中、店舗休業を迫られ、働きたくても働けないスタッフがたくさんいたため「スタッフに何ができるか」を会社全体で考える時間が続きました。同時に、ECだけで売上を確保しなければならず、大きな課題を抱えて現場は混沌としていました。
店舗の営業がぽつぽつと再開しだした頃に、たどり着いたのがSNSとコーディネート発信でした。それまではSNSが得意な人だけに任せる運用体制でしたが、そうではなく全スタッフで積極的に推進していきました。当時は休業店舗のスタッフで来れる人は本社に出社し、それが難しい場合はサンプルを自宅まで発送して、自宅であってもオンラインで活動するようになりました。
名嶋氏:こうしてSNS、STAFF STARTのコーディネート投稿、ライブ配信といったように、至るところでスタッフの顔が見えるオンライン接客を積極的に展開していきました。その結果、スタッフの中には14万人以上のフォロワーを獲得するインフルエンサーまで現れました。メインはInstagramですが、最近ではTikTokで活躍するスタッフも目立ってきています。
田中:パルさんのスタッフの中には昨年、スタッフオブザイヤー3位になった方もいますよね。パルさんのスタッフには、インフルエンサーと呼べる方が多数いらっしゃるんですか。
名嶋氏:現在社内で1,000人以上の社員がSNSで活動していまして、そのうちフォロワーが1万人を超えている人が100人以上存在しています。
田中:すごく多いですね!
名嶋氏:投稿の多いスタッフには、本当に毎日投稿しているスタッフもいます。投稿数もコロナ禍以降急激に伸びているのですが、そうした継続的な投稿を支える仕組みとして、勤務シフトの見直しも図っています。あらかじめコーディネート投稿の時間をシフトに組み込むようにした結果、この数年で、投稿がルーティン化できてきたと感じています。
名嶋氏:ほかにもオンライン戦略について言えば、オンライン上での結びつきを強める目的でSNSとECサイトで相互送客を設計しています。またお客様との距離感が近いライブ配信についてもシフトを見直し時間を確保しています。
全国のスタッフのこうした取り組みのおかげで、現在650万人までSNSの総フォロワー数を拡大することができました。
田中:これは他のアパレルブランドと比較してもかなり大きい数字ですね。
名嶋氏:そうですね。実際、SNS経由でECサイトへ流入した集客数は、2年ほどで4倍以上になりました。効果は絶大であると、SNSのパワーを感じています。
田中:SNSがここまで成長できたポイントは何だったのでしょうか。
名嶋氏:SNSが重要だということはコロナ禍以前から社内でもわかりつつあったのですが、通常の業務に追われてなかなか力を入れられていませんでした。コロナ禍で環境が変わり、そこにリソースを集中して継続した結果、習慣になったということが大きいと感じています。また、集客や売り上げに関してSNSの効果を体感し、その重要性をスタッフ皆で共有できたことも大きな要因だと感じています。
名嶋氏:SNS成長の背景には、スタッフがモチベーションを保てる評価制度の確立と、オンライン接客についての教育体制の強化もありました。
田中:大変興味深いですね。
名嶋氏:当社にはインセンティブ制度というものがあります。一部をご紹介しますと、SNSのフォロワー数に応じて手当を支給したり、コーディネート投稿やブログ経由の売り上げの一部をスタッフに還元したりする「インフルエンサー制度」。そしてSNSやコーデ投稿などでECサイト売り上げに貢献した店舗やスタッフを表彰する機会を設けています。
田中:フォロワーに応じて手当などのインセンティブがもらえるというのは新しいですね。他社ではそういった制度がある企業は少ないように感じます。
名嶋氏:そうですね、当社は5年前くらいから始まったと記憶していますが、開始当時は今以上に聞いたことがなくて、少し懐疑的な印象でした(笑)。今思えば、価値のある制度だと感じます。
田中:スタッフの行動に拍車をかけたという意味で、確かになくてはならない制度ですね。
名嶋氏:もう一方では教育体制を構築しました。当社ブランド「DISCOAT」担当のスタッフでありトップインフルエンサーのCHIHIROさんは、現在は7万5千人のフォロワーを抱えています。元々は店舗スタッフでしたが、現在は本部に異動しスタッフのSNS運用やデジタル面の教育を担当しています。その結果、スタッフのフォロワー数拡大に大きく貢献し、驚くことにスタッフ20名の総フォロワー数が1年足らずの間に6.5万人から39.8万人と、合計33万人以上も増加しました。
スタッフに付いてくださったファンがブランドのファンになり、DISCOATの公式アカウントも、13.6万人フォロワーを抱えるまでに成長しました。これはまさにスタッフの成長なくしては成しえなかったことだと考えています。
SNSでのフォロワー数が増えたことで、ECサイトへの来訪数も比例して増加するなどして、ブランド売上も大きく成長しています
田中:こんなにもフォロワーが増えた要因は何があるのでしょうか。
名嶋氏:評価制度、教育体制、そしてシフトの見直しなど、要因はいくつかありますが、一番重要なのが本人の「やる気」です。いかにスタッフのモチベーションを盛り上げられるかを考え、本部でバックアップしています。
田中:なるほど、本人のやる気は確かに大事ですよね。
田中:では最後に、パルさんの今後のOMO戦略についてお聞かせいただけますか。
名嶋氏:今後も引き続き、スタッフを中心としたOMO戦略を継続して実施していきます。その上では、スタッフ本人のモチベーションが重要になってきます。彼女たちの頑張りをきちんと評価できる制度を整え、活用していくことを一つの軸に考えています。
一方では、スタッフが連れてきてくれるお客様のデータ活用も大事だと考えています。データ情報にスタッフを掛け合わせ、コミュニケーションを大切にしながらさらなる成長へとつなげていきたいと考えています。
田中:本日はありがとうございました。
株式会社パル
WEB事業推進室 CXディレクター
名嶋 恵佑
⼤学卒業後、新卒でパルに⼊社し今年で7年⽬を迎える。WEB事業推進室に配属後、⾃社ECサイト「PAL CLOSET」の運営メンバーとしてマーケティング担当を5年ほど経験し、CXディレクターに就任。近年はWEBコンテンツの企画やYouTube制作も⼿掛ける。
株式会社バニッシュ・スタンダード
執行役員 STAFF START事業責任者
田中 悠
新卒でキヤノン株式会社に入社。一眼レフカメラのグローバルマーケティングを経験後、2015年より株式会社プレイドに参画。アパレル業界を中心にECサイトのCX向上に向けた取り組みをプランニングから技術的な実装まで幅広く支援。その他パートナーとのアライアンスや事業開発など様々なプロジェクトに従事し成長を牽引。2020年に株式会社バニッシュ・スタンダードに参画し、STAFF START事業全体を統括。2021年4月より現職。